第17回ゲストトーク 茂木潤一氏

日本とオランダにおける大きな違いとは?

私は70年にサンフランシスコで生まれたのですが、それはちょうど父親がアメリカのキッコーマンの販売会社に勤めていた頃のことでした。キッコーマンの本格的な海外展開は、50年代のアメリカ西海岸ではじまり、73年にはウィスコンシンで海外初の工場が誕生しました。現在私がいるヨーロッパでは、まずドイツのデュッセルドルフに販売会社を作って、十数年の時間を経てオランダに生産拠点を設けました。工場ができてから15年以上の月日が経っています。私は2年前からオランダに移り住んでアカウンティング・マネージャーの業務を行っていますが、今回はその経験の中で特に日本とオランダの違いを感じる点についてお話をさせていただきたいと思います。

合理的思考と倫理的思考

まずひとつは、オランダは「どうすれば結果的にベストな状態になるか」を合理的に考える国であるということです。例えば有名な話で、オランダでは一部のドラッグが合法です。もちろんコカインのようなヘビードラッグはNGですが、比較的依存性の低いドラッグを合法化することによって、結果的に国民全体が薬物依存度を下げようという考えがあります。また、オランダでは安楽死も合法。「精神的、肉体的苦痛から緩和するため」といった要件こそあるものの、意志や尊厳が尊重されている状態を一番に考え、自分の死を選択できるようになっています。

日本ではドラッグも安楽死も倫理的に許されないことですが、オランダではそのような問題でも合理的に考えていきます。私自身、移り住んだ当初は驚くことが多かったのですが、さすがに2年間も住むようになると「こういうやり方もアリなんじゃないか」と思うようになってきているので、今日は皆さんから浮かないように気をつけたいと思っています(笑)。

ワークシェアリングという働き方

もうひとつの違いは、働き方についてです。私の下には2人のアシスタントがいるのですが、彼らは1週間のうち3日しか会社に来なくていいという契約になっています。そのため、2日間かけて処理を行わなければならない業務などは、お願いしにくい現状があります。また、スタッフたちに無理やり残業をさせたり、「体調が悪いから休みたい」という電話を受けたときに理由を訊いたりすることは、法律上許されません。

これほどまで従業員が守られている国ですから、マネージャーの立場としては非常にやりにくいのですが(笑)、それでも仕事はうまく回っていくから不思議です。

このような考え方はオランダがかつて不景気になったときに生まれたもので、ものすごく儲けている人とまったく儲けていない人をなくして、みんなで少しずつ儲けを得られるようにしようということを念頭に置いています。そのような考え方があること自体も、日本からやってきた私としては非常に衝撃的でした。

 ビジネス展開にかける時間

日本にとってオランダは、先進国の中でも皇室同士が親しい関係で非常に身近な国ですが、それでもこれだけの習慣や考えの違いがありますから、世界を舞台にビジネスをするのは簡単なことではないと思います。

そのため、海外でのビジネスでは、その違いを埋める意味でも「どのように時間をかけるのか」ということが大切な要素になっていきます。例えば、EUは一見大きな連合ですが、国ごとに法規制対応や競合他社が違いますから、その国に合った個別のアプローチをしなければなりません。その上、食や文化に関わるビジネスの場合では、その国のことを理解して、自分がその世界に入っていく姿勢で取り組む必要もあります。これらの問題をクリアしていくとなると、どうしてもそれなりの時間が必要になってくるのです。

もちろん業種によっては、「時間をかけずに問題を解決することが重要」というケースもあるかもしれません。そのようなことを知る上でも、海外でビジネスをする際はその業種に合ったスピード感を得ることが大事です。そのため、皆さんの中でもし「海外に挑戦したい!」という方がいらっしゃいましたら、まずは「自分の仕事は、海外でどのぐらいの時間をかけて進めて行くべきか」を考えることも必要だと思います。

茂木潤一(もぎ・じゅんいち)(キッコーマン株式会社)

1970年サンフランシスコ生まれ。東京大学経済学部卒業後、日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)に入行し、うち2年間は郵政省(現総務省)に出向。02年にキッコーマン株式会社に入社し、11年よりヨーロッパ生産拠点であるKikkoman Foods Europe B.V.に赴任し現在に至る。本業の傍ら、地元貢献型美術館である茂木本家美術館の運営にも関与。日本マーケティング協会公認・マーケティングマイスター。

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